
わみ
守護龍メッセンジャー
プロフィール
修行中のスキル
- 守護龍メッセージ
- アカシックリーディング
- 分子栄養学
- タロット
- 数秘術
チャレンジしたいこと
- 公開ライブセッション
自然体で寄り添う
守護龍の通訳者
魔法使いになりたかった女の子
テレビでは『魔法使いサリー』が流れていた。魔法使いに憧れ、不思議な力で世界が変わるアニメの世界に夢中だった。なかでも『ふしぎなメルモ』で、メルモちゃんが大きくなったり小さくなったりする姿が印象に残っているそうだ。
小学生になると、毎月楽しみにしていたものがあった。占い専門の雑誌「マイバースデイ」。ルネ・ヴァン・ダール・ワタナベさんが注目されはじめた頃で、タロットや占星術が一般に広まりつつあった時代。その最初の波を、子供のころからリアルタイムで浴びていた。
「占いが好き」というより、「見えない世界が好き」という感覚が、ずっと根っこにあった。
占い遍歴、そして波乱万丈な人生
子育て、離婚、再婚——人生の波はいくつも来た。「ネタはいっぱいあります」と笑い飛ばせるいまがあるのは、そのひとつひとつと、逃げずに向き合ってきたからだと思う。
さまざまな占い師にみてもらった。自己啓発の講座にも通い、お金もそれなりに使った。でもあるとき気づいてしまった...
「自分で見れちゃう方がいいじゃん!」
本格的に学び始め、タロット、数秘術、アカシックリーディング、ノンデュアリティ……学んだことは数知れない。でもだいたい乗り遅れ、通知が鳴るたびに「あ、またやってない」と罪悪感だけが積み上がる。宿題を忘れた小学生のような状態で、気づいたらフェードアウト——そんなことを繰り返してきた過去がある。
「散らかってるんですよね、脳内が」
と、本人はあっさりという。
物語が裏付ける「聴く力」の深さ
本業では、暮らしにまつわる様々な相談業務を通じて、数多の人生の機微に触れてきた。日々、多様な悩みや問題と向き合い、それらを丁寧に紐解いていく経験は、彼女の中に揺るぎない「聴く力」を育んでいった。
仕事をしていると、強い感情を抱えた人に出会うこともある。なだめながら、その裏にある言葉にならない何かをほどいていく。
「この人がほんとうに話したいことはなんだろう?」
と探っていくうちに、自然と人の深いところが見えるようになってきた。
占いの場でも同じだ。どうしてほしいのか、何に引っかかっているのか——道具を使わなくても、話しているうちにわかってくる。日々の仕事が、リーディングの訓練になっていた。
「私でいいのかな」という口癖
実際のセッションでは、データも道具もなくても、気づいたら「見えている」状態になっていた。5年ほど前にアカシックリーディングを学んで以来、イベントに呼ばれるたびに「反響がいい」と言われ続けてきた。
去年も大手生命保険会社のクローズドイベントに呼ばれ、今年もまた声がかかった。その理由はシンプルで、「悪くなかったから」だ。でも自分から売り込んだことは一度もない。声がかかるたびに
「私でいいのかな」
とつぶやいて、「まあ、観察してみようかな」というスタンスで行く。
不安よりも「見えない世界を体験するのが大好き」という気持ちの方が強くて、失敗したとしても「新しい経験ができた」と思えるタイプだ。自信がないのかというと、そうでもない。ただ、売り込んでまでやりたいわけでは全然ない、というだけ。
「面倒くさい」が生んだオリジナル
「これでわかるなら、これでいいじゃん!」
——アカシックリーディングは「データも道具も何もなくても見れる」というシンプルさが合っていた。面倒くさいから、シンプルに。道具を使わなくても見えるなら、それでいい。
予約管理もSNS発信もLP作成も、やろうと思えばできるけど、優先順位がめちゃくちゃ低い。
普通なら「弱み」と捉えられがちな自身の性格を受け入れ、自分の中の「ワクワクする心」だけを残した結果、誰にも似ていないオリジナルのスタイルが生まれたのだ。
占いは「頭の中を整理するためのツール」
「頭の中を整理するための、ひとつのツール」
——前世を見るわけでもなく、宇宙の真理を語るわけでもない。守護龍からのメッセージを聴くとしても、広大な宇宙図書館全体ではなく、その人の一番身近なところ、いまの生活に一番直結した部分だけを見る。
ツールは何でもいい。何を使っているかより、その人の自覚していない本音にどれだけ近づけるか。そこだけを見ている。そして、「身も蓋もない話だけど...」と前置きし、
「占った結果その人がどうするかも、すでに決まっていることだから」
と、楽しそうに語った。
魔法使いになっていた
魔法使いサリーに憧れた女の子は、ある意味で、魔法使いになっていた。杖や星や水晶球がなくても。相手の話を聴き、ひっそりとリーディングを続け、呼ばれたらどこにでも行く。
自分を売り込まず、急がず、でも来たものは軽やかに受け取り、全力で取り組む。その静かな開き直りの中に、これからの可能性が詰まっている。
「呼ばれれば、好きなところならどこにでも行きますよ——みたいな感じです」