a letter, slowly written —
いつか、終わりが来るときに——
シン・Quantum Journaling
最初からあった自分に出会う、6ヶ月の旅
手っ取り早く変わる方法ではありません。
6ヶ月、自分の奥底に降りていく旅です。
いつか、終わりが来るときに、ふっと迫ってくる2つの問いがある。
それを毎日のなかでほどいていく6ヶ月——
最初からあった自分に、出会う旅。
いつか、終わりが来るときに
いつか、人生の終わりが近づいてきたとき。
2つの思いが浮かんでくる。
ひとつは、自分のかたちが、ほとんど虚構、ハリボテだったのではないか、という静かな哀しみ。
わかっていたのに見ないようにしてきたこと、目をそらしてきたこと。
もうひとつは、本来持っていたはずの力を、使い切らないまま終わっていくかもしれない、という静かな後悔。
最初からあった自分の力を、外側の形に覆われたまま、置き去りにする。
——その2つの問いが、いつか必ず、私たちのところにやってくる。
いますぐ、迫ってくるわけではないかもしれない。
でも、誰もが心のどこかで、知っている問いだと思う。
「本当に、これでいいのか」——というのは、その問いの遠い予感だ。
遠くから、かすかにきこえてくる問い。
それはいまでなくてもいい。でも、いつかは、向き合うことになる。
向き合うのが、人生の終わりのギリギリ、最後の一回だけになってしまったら——
おそらく、間に合わない。
その2つの問いに、もう少し早くから、毎日のなかで触れていく方法がある。
それをこれから、お伝えしたい。

ハリボテと、内側にいる「自己検閲官」
なぜ、自分のかたちが、ハリボテになっていくのか。
そして、なぜ、本来あったはずの力が、使い切られないまま、置き去りにされていくのか。
その両方の根っこには、同じひとつの働きがある。
私をつくっているのは、私の中に最初からあったもの。
小さな頃から内側にあった、純粋な力だ。
でも、それを無視して、価値がないものとして、外側から得たものだけで自分のかたちをかためようとすると、どうなるだろう。
おぼろげな自分のりんかくでは不安で、ハリボテを形にしようとする。
何者かになろうとする。
わかりやすい誰かに、見られたい何かに、なろうとする。
それは社会のなかで生きやすく、息をしやすくするためには役に立つ。
だから誰でもそうやって生きてきた。僕も、ずっとそうしてきた。
このとき、内側で働いている、もうひとりの「私」。
これを僕は「自己検閲官」と呼んでいる。
ユング心理学では、社会に見せる仮面「ペルソナ」を保とうとする働き。
仏教やマインドフルネスでは、「モンキーマインド」。
現代の脳科学では「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」——内側前頭前皮質などのネットワークが、「自分について/他者からの見られ方について」を、たえず編集し続けている状態。
検閲官は、ふたつの方向に、同時に働いている。
ひとつは、外側を、塗り固める方向。
「こう思われたらどうしよう」
「これを言ったら変に思われる」
「失敗したくない」
「こんなことを書いたら恥ずかしい」
そういう声が、ハリボテを塗り重ねていく。
もうひとつは、内側の力を、押しやる方向。
「これは社会で使えない」
「普通じゃない」
「そんなの価値も意味もない」
「役に立たない」
そういう判定が、本来あったほんとうの力を、見えないところへ沈ませていく。
「ほんとうにやりたいこと」「身体がとんでいきたい方向」が、奥のほうに、静かに、置き去りにされていく。
こうして、ふたつのことが、同時に起きていく。
外側に、ハリボテができていく。
内側の力が、置き去りにされていく。
——どちらも、同じ検閲官の働きの、ふたつの面。
検閲官は、悪者ではない。
「私」という存在に一貫性を持たせようと、社会のなかで生きやすくしようと、守ってくれている。
けれど、放っておくと、いつの間にか、守りを固めてくれている検閲官の声を「自分の声」だと思い込んでしまう。
検閲官は、「私」そのものではない。
検閲官の奥にある声こそが、ほんとうのこと。
この声を、僕は「ゴーストの囁き」と呼んでいる。
その懐かしい声に、どれくらい出会えていないだろう、と思うことがある。

自由な瞬間は、毎日のなかにすでにある
2つの問いは、じつは、人生の最後にだけ浮かび上がるものではない。
自分の自我を見つめ、自分以外を観察する。
そのなかで、内側にいる自己検閲官が、ふっと席を外してくれる瞬間が降りる。
検閲官は、消えるわけではない。
ただ、少しだけ、席を立って、監視の目を緩めてくれるときがある。
その瞬間に、検閲官の奥にあった声が、立ち上がる。
「ああ、外側をかためてきた形は、こんなにもおぼろげだったんだ」
「ああ、わたしの中には、最初から、こんな声があったんだ」
その両方が、同じひとつの瞬間に立ち上がる。
検閲官が席を外す瞬間は、実は、毎日のなかにすでにある。
そして、その瞬間が積み重なるにつれ、少しだけ深く、少しだけ長く、やってくるようになる。
その運動を、毎日続けることができる場所がある。
毎日続けることで、「いま」を生きることができるようになる。

最初からあった自分
私をつくっているのは、私の中に最初からあったもの。
外側から得たもので形をかためなくても、すでに、わたしの中にある。
作るのではなく、滲み出てくる。
すでにそこにあったものに、ようやく気づく感覚。
文筆家の土門蘭さんが著書『ほんとうのことを書く練習』の中で書いていた、ある新聞記者の言葉がある。
個性は消して、消して、消しなさい。そうして残ったものが、あなたの個性だよ
消そうとしても消えないもの——それが、最初からあった自分。
外側にくっついてきたラベルを、ひとつずつ剥がしていくと、そこから、自分の中にある「ほんとう」が、滲み出てくる。
作るのではない。すでにある。
探すのではない。すでにそこにいる。
最初から、あったもの。
言葉以前のものを残す

毎日の、毎瞬の呼吸のなかで、ときどき、言葉になる前のもの——音、イメージ、身体の感覚——が降りてくる。
それを、形にして残す。
書くことも、聴くことも、観察することも、自分の物語を編むことも——
すべて、言葉以前のものに輪郭を与える運動。
ジャーナリングは創作だ。
対話も創作だ。
散歩のなかで浮かんだ一言や、夢のなかで見た映像でさえも、創作の素材になる。
創作は、「わたし」のままで、他者と、社会と、宇宙とつながるためのツールだ。
特別な才能が必要なわけではない。
完成品をつくる必要もない。
ただ、降りてきたものを、残す。
言葉になる前のものを、何らかの形で、この世界に置いておく。
その運動が、魂と宇宙をつなぐ。
シンQJ——6ヶ月の旅
シンQJ——シン・Quantum Journaling は、その「創作」を、6ヶ月かけて身体に降ろしていく旅。
中心にあるのは、3つの動詞:
ほどく——外側にくっついてきたラベルを、ひとつずつ剥がす運動
ひらく——閉じた系から開放系へ、内と外が交換する運動
あむ——人生に置かれている点・光・星に、自分で名前をつけて、つなげて、星座にする運動
この3つは、時系列の段階ではなく、毎瞬同時に走っている。
6ヶ月の旅は、その同じ三拍子を、別の角度から繰り返し見つめ直す装置。

3つの動詞は、現実の運動としては、こうなる。
「ほどく」は、徹底的な内省。
オンライン講座の動画コンテンツ、毎日のジャーナリング、月1回のジャーナリング会——自分の中にこびりついたラベルを、ひとつひとつ、自分自身の手で剥がしていく時間。
「ひらく」は、コミュニティという安全領域で、仲間とつながること。
QJ Lab. の対話、月1回のライブセミナー、変容体験のシェア——同じ問いを抱える仲間と、自分のままで関わる練習。閉じた自分を、ゆっくり開いていく。
「あむ」は、他者・社会と、自分の言葉でつながること。
書きためた言葉に、自分で名前をつけて、つなげていく——あなたの内側から立ち上がった言葉が、外側の世界と、自分の星座を編んでいく。
6つのPhase、28本のオンライン講座。
毎月2回のセミナー(月1回のジャーナリング会・月1回のライブセミナー)と、日々の実践を支えるサポート——旅人の道具箱・変容体験のシェア・仲間のコミュニティ。
それらすべてが、1つの問いに向かって動いている。
最初からあった自分に出会う——という問い。
その問いを、ひとりで抱えるのではなく、仲間と一緒に、6ヶ月かけて歩いていく。
6ヶ月の旅の全体像は、このページの最後で詳しく案内している。
旅の哲学——宇宙の流れに乗る生き方
シンQJの背骨にあるのは、宇宙の法則。
「閉じた系では、エントロピーは必ず増大する」——熱力学の第二法則。
部屋は散らかり、コーヒーは冷め、形は崩れていく。閉じていれば、秩序は自然に失われる。
閉じた系である宇宙は、エントロピーの増大によって、すべてが均一化していく。やがて、宇宙は熱的死を迎え、何も起こらない、真っ暗な空間になると予想されている。
そんな絶望的とも思える宇宙の流れの中で、私たち生命は活動している。生命が秩序を維持できるのは、外との絶え間ない交換を繰り返す開放系だから。常に変化しつづけているから。
体内で破壊と再生を繰り返すことで、内側の秩序を保っている。
生命は、変わらないために変わり続けている。

心も、同じだ。
「私はこういう人間だ」「世界はこういうものだ」と意味を固定した瞬間、心は閉じた系になる。かつて鮮やかだった色が、ぜんぶ同じ灰色に薄まっていく——意味のエントロピーが増大していく。
自己検閲官が働き続けるとき、心は閉じた系に向かっている。検閲官に席を外してもらうとき、心は開放系になる。呼吸が通り、場と交換が起き、新しい意味が生まれる。
これが、宇宙の流れに乗る生き方の定義。
シンQJでまずやるのは、土門蘭さんの言葉を借りれば「言葉の水路の掃除」。詰まったものを流して、水源と外の世界をつなぎ直す。
意味のエントロピーが増大し、心が均一化しないように、毎日、開放系を維持する。
それが、宇宙の流れに乗り続けるための、日々の運動。
安心安全な場のなかで、一緒に歩く

この旅は、ひとりではない。
同じ方向に流れている人、同じ電車にたまたま乗り合わせた人たちと、6ヶ月、一緒に歩く。
同じ興味・関心を持っている仲間だから、普段の生活では話せないような深い話を、気兼ねなく話すことができる。
かといって、馴れ合うわけではない。
ここに来る人たちはみな、孤独を知っている。
ひとりの時間を大切にしている人が多い。
たくさんの人の中にいると、息が苦しくなる人もいる。
孤独を知っている人は、馴れ合うのが苦手だ。
でも、だからこそ、ほんとうの話ができる。
そういうもの同士だから、深い対話になる。
自分を取り繕うことなく。
迎合せず。
沈黙を大切にできる。
わからなさを、置いておくことができる。
安心安全な場で、自己検閲官の奥にある声を、互いに聴き合う。
安心安全な場というのは、答えが用意されている場のことではない。わからなさを、一緒に抱えていられる場のこと。
ひとり旅を一緒にする仲間と、自分を大切にしながらつながることができる場。
嘘を、ついていた
僕はもうすぐ47歳になる。
正直に書きたいことがある。
ここ数年、YouTubeやSNSなどで、僕は「簡単に」「楽して」「がんばらないで」のような表面的な言葉を使って、たくさんの人に受け入れてもらおうとしてきた。
それは、嘘だった、と、いまは思っている。
人に対してというより、自分に対しての嘘だった。
自分に向き合うことも、人生に向き合うことも、楽なことがあるはずがない。
少なくとも、僕にはなかった。
明るい太陽の下を歩くためには、必ず真っ暗な夜を通り抜ける必要がある。
過去を忘れることも、リセットすることもできない。
だから、そのひとつひとつを無かったことにしようとせず、向き合う。
そして、そのひとつひとつを丁寧に、大切に、剥がしていく——。
それが、ようやく僕がたどり着いた、自分に誠実な生き方だった。

最初からあった自分は、小学校1、2年生のころまでは自由だった。
そこから40年、まわりの目に合わせる癖が、少しずつ身体に染み込んでいった。
ある朝のジャーナルに、「死ぬ方を選ぼう」という言葉が残っていた。
葉隠に「武士道というは死ぬことと見つけたり」という有名な一節がある。
自我は、本当に肉体が死ぬわけじゃないことでも「死ぬぞ!」と恐怖を出して、身体を動かなくさせる。
だからときには、その自我の「死ぬぞ!」のほうを選んでみる——
その覚悟をもったとき、心が、ほんとうに生きはじめる。
逆説的だけれど、そういう教えだと、僕は受け取っている。
順番が、逆なんだ。
苦しみをぜんぶ片づけてから、心が生きるのではない。
先に、自我の見せてくる「死ぬぞ」の幻想のほうを選ぶ。
そうすると、自然と、心が生きはじめる。
すべての苦しみは、もともと純粋だった動機が、自我によってこじれることから始まっている。
ただ、心の奥に素直に従えばいいだけなのに——常識、価値観、思い込み、人からのアドバイス、「みんなと同じじゃなきゃ」。
そういうもので、道を踏み外したり、捻じ曲げたりしてしまう。
お金のため。生活のため。嫌われないため。みんなと同じでいるため。——そりゃ、苦しい結果になる。
「役に立とうとする自分」「いい子の自分」「期待に応える自分」——そういう自分たちは、肉体が社会のなかで生きるためには、必要だった。
でもそれは、心に蓋をする行為でもあった。
心が閉塞し、だんだんと均一化=心の死に近づいていっていた。
意味のエントロピーが少しずつ溜まり、色が薄まり、感動が減っていく。
心が、生きていなかった——。
そのことに、ようやく気づいた朝だった。
そこから、毎朝の言葉と、毎日の散歩と、QJコミュニティで書くワークショップを開催して、みんなと一緒に内側の観察を続けてきて、半年ちょっと。
最近、少しずつ、変化を感じている。
自分のなかの「ほんとうのこと」に、ゆっくり、近づいている感覚がある。
その影響なのかもしれない——だんだんと、心がほどけてきて、良い状態になってきている。
完全にほどけたわけではない。検閲官は、いまも、変わらず席にいる。
でも、その奥にあった声が、前よりは、少しだけ聴こえやすくなった。
検閲官の代わりに、無邪気で美しいものが好きな「純粋な存在」が、たまに席に座ってくれるようになった。
「私」をなくしてなくしても、それでも残る「わたし」の輪郭が、おぼろげに、見えはじめた。
僕がしたいのは——「私」をなくしていくこと。
なくしてなくして、それでも残る「わたし」と出会うこと。
「私」というのは「自我」のこと。
それをなくしても残る「わたし」は、自己・たましいのほうのこと。
このやり方を、ひとりで続けることはできなかった。
ここまでの半年は、同じ方向の作業を、同じ時間に、している仲間がいた。
仲間がいたから、自分一人では届かないところまで剥がしていけた。
シンQJをつくったのは、自分がそれを必要としていたからだ。
そして、ようやく、自分の中で、その装置が動きはじめている実感がある。
同じような場所にいる、あなたへ。
ここまでに僕が試して、効いたものを、ぜんぶ、置いておきます。
心残りがあるのなら
いま、幸せな人、なんの問題もなく、もやもやすることも不安に思うこともない人は、どうかそのまま楽しく過ごしてほしい。
それが、いちばんだと思う。
でも、もし何か心残りがあるのなら——
「もし今日が人生最後の日だとしたら、今日やろうとしていることをほんとうにしたいだろうか?」と問われたとき、素直にイエスと言えないなら。
胸に何かが詰まっているような感覚があるとしたら——
僕も同じだ。
それでも、わかっていても、どうしても、昨日の「私」の延長線上で生きてしまう自分がいる。
葛藤がある。
このままでいいのか、と毎日思う。
それでも、思いと行動は裏腹で、一致しない。
過去の後悔、未来の不安が、ときおり頭に浮かんでくる。

だから、そういう状況で、自分と向き合い、対話をし、自分のなかに「最初からあったほんとうのこと」と「あとから付け足されたほんとうじゃないこと」を見分ける努力をしている。
社会や組織や他者の価値観や常識など、外側にある基準、自分以外の誰かがつくった基準で人生をつくらないようにしていこう、と思った。
「ほんとうじゃないこと」を見分けて外していったとき、そこには「最初からあったもの」「どうしようもなくそうでしかないこと」が残る。
でも、確かな形として、物として手に入ることはない。
おぼろげで、あいまい。
それでも確かに「これはわたしだ」といえるもの。
オリジナリティ。
私が存在する意味。
これを僕は「魂のりんかく」と呼ぶことにした。
僕自身、まだそれを見ていない。
ひとりでは発見できないと思っている。
同じように自己発見、自己探求をしたいと思っている人たちとの相互作用が必要だと思っています。
最初からあった自分のまま、関わる
そして、最初からあった自分のまま、社会や他者と関わっていく。
特別なことをするのではなく。
ただ、何者でもないまま。
1分1秒、毎瞬、ただの「わたし」でいたい。
「あなたは何者ですか?」と問われたら、「何者でもない」と胸を張って言いたい。
生きている間、自己とつながり続けようとする。
もしかしたら、死ぬまでつながれないかもしれない。
でも、それでもいい。
プロセスのなかにいること、それ自体が、旅だから。
完成しなくていい。答えが出なくていい。
何者でもないまま、流れのなかを、流れとともに在る。
その在り方で、いまの社会や他者と、関わっていく。
関わることで、また何かが降りる。
降りたものを、また残す。
残したものが、また流れていく。
凡人のまま、何者でもないまま、瞬間の輪郭を、残していく。
その輪郭は、千年先の誰かに届くかもしれない。届かなくてもいい。
いまの瞬間に降りたものが、形になって残った——それだけで十分だと、いまの僕は思っている。
それが、閉じない生き方。
宇宙の流れに乗る生き方。
何者でもないわたしの、ただの日常。
そして——
いつか終わりが来るときに、ふっと迫ってくる2つの問いは、すでに、毎日のなかでほどけている。
ほどけているけれど、終わらない。
ほどけて、ひらいて、他者と関わり編まれていく。
そしてまたほどけていく。
この円環を、いま、生きている。
——それを、毎日のなかでほどいていく6ヶ月。
最初からあった自分に、出会う旅。
6ヶ月の旅へ
シンQJ 6ヶ月の旅。
中心にあるのは、3つの場——オンライン講座・月1回のジャーナリング会・月1回のライブセミナー。この3つで、自分のペースで「最初からあった自分に出会う」を進めていく。
人生の終わりがいつか来るそのときではなく、いまから、ゆっくり、ひとつずつ、ほどいていく6ヶ月。
ひとりでは見えない・届かないところまで、鏡になってくれる仲間と一緒に。
ひとり旅を一緒にする、6ヶ月。
あなたのゴーストは、いま、何と囁いているだろうか。
「最初からあった自分」に、出会いに行きませんか。
メインサービス——6ヶ月で、何をするのか
メインは、たった3つ。この3つで、基本的に自習によって「最初からあった自分に出会う」を進めていく。
オンライン講座(6つのフェーズ・全28本)

6ヶ月を「ほどく → ひらく → あむ」の三拍子で、6つのフェーズに分けて旅する。

+ 全28本の講座タイトルを、文字で読む
フェーズ1|基礎(ほどく前半)
— 解釈の前にとどまる+身体に開く
- ·現在位置の確認
- ·QJとは?(書の力編/心の音を聴く編)
- ·身体に聴く
- ·空雨傘——事実と解釈を分ける
フェーズ2|浄化(ほどく後半)
— 過去の結び目を緩める
- ·諦めから始まる最強の未来戦略
- ·ハビング確認——すでに持っているものに気づく
- ·ニューロ・ライティング・メソッド
フェーズ3|宇宙を知る(ひらく前半)
— 外側の構造と偶然性を理解する
- ·この宇宙の仕組み
- ·人生を1日で完全に変える秘密の講義
- ·宇宙の法則——意味のエントロピー
- ·偶然はどのようにあなたをつくるのか
フェーズ4|深く潜る(ひらく後半)
— 内側の深層に降りる+自我を観察する
- ·ぜんぶ無意識のせい
- ·私なんてない(前後編)
- ·賢者の視点——第三者の眼差しを身につける
- ·無意識の深層
- ·空の概念——自我を観察する具体的方法
フェーズ5|未来を思い出す(あむ前半/Forward)
— 未来を思い出して書き戻す
- ·物語思考
- ·自己犠牲のない利他(フューチャーマッピング)
- ·時間逆行メソッド
- ·真我の声を聴く
- ·未来を創造する羅針盤
フェーズ6|魂のりんかくを見つめる(あむ後半/Inward)
— 中心の一点に出会う
- ·自己限定を探る
- ·過去を受け入れ浄化する
- ·生きる目的を取り戻す
- ·魂の声を言語化する
- ·とんでもなく大きな夢を描く
- ·宇宙思考
- ·過去と未来からの挟撃作戦
もっと潜る(MORE・任意視聴)
— 既存セッションの別角度からの補強
- ·運を味方につける
- ·全脳会議——脳内4キャラ(知性・本能・感性・魂)の統合
- ·願望が確&実に実現する「予祝メソッド」
- ·重力解放メソッド
- ·時空を超える4分割メモ「未来人への手紙」
全28本の動画講座を、自分のペースで進める。視聴期間は、どちらのプランも半永久。何度でも、好きなだけ戻ってこられる。
月1回のジャーナリング会(60〜90分)——聴く

毎月1回、オンラインで仲間と一緒にジャーナリングする場。
「ひとりではどうしても、書けない/続かない」という日もある。
そんなときも、同じ時間に、同じ方向で、別の人が書いているということが、自分の手を、また動かしてくれる。
書いた内容を共有してもしなくてもいい。沈黙のなかで、ただ書く。書き終わったあと、必要なら、感じたことを少しだけ分かち合う。
月1回のライブセミナー(120分)——動く

毎月1回、その月のテーマを、一緒に深掘りする120分のライブ。ジャーナリング会で「聴いた」声を、実際に「動かす」回。
死をアドバイザーに、本来の力を発揮する。意志は、行動の「前」ではなく「後」に立ち上がる——だから「動いてしまう自分」をつくる。意志のいらない最小の一歩まで割って、実際に動く。
事前録画ではなく、ライブで。リアルタイムの質問もできる。参加できなくても、後日アーカイブで何度でも視聴可能。
メインを支える、サポート
3つの場での自習を、支える周辺。
あきよしのジャーナリング公開(Substack)

毎日のジャーナリングを推奨します。書いて、書いて、書きまくることが、水路の掃除になる。
あわせて、あきよし自身のジャーナリングを公開しています。剥がしていく過程を、隠さず、そのまま置いています。
旅人の道具箱

自分を観察し、心を開放系に保つための道具を集めた「旅人の道具箱」。解説ページがあり、さらに詳しく解説する動画も用意していきます。
旅人の道具箱
— 毎日のなかで、開放系を保つ小さな実践
- ·朝のジャーナリング
- ·ソロ・ウォーキング
- ·アーティスト・デート
- ·ベストモーメントリスト
- ·夢を記録する
- ·世界を止める瞑想
変容体験のシェア

正直に言うと、これは僕自身がやりたいことです。自然のなかや、意識の変容を促す場——「外から降ろされる」場所に僕が先に身を置いて、体験してきたことをコミュニティの中で、使える形にしてシェアします。
QJ Lab. コミュニティ参加権(Discord)

自分に還る旅は、孤独になりがちです。同じ旅をしている仲間がいることが、続ける力になる。Discordの受講生コミュニティ「QJ Lab.」で、気づきをシェアし、互いの歩みを、ゆるやかに応援し合えます。
QJ Innerアプリ

毎日のジャーナリング・身体のチューニング・気づきメモ・オンライン講座動画コンテンツのワークを記録する専用アプリ。PC・スマホ両対応で、ジャーナルを入力した日は「みなもとさん(AIアバター)」から返答が届きます。
その他特典
メインとサポートに加えて、旅を支える特典を、いくつも用意しています。
過去セミナーアーカイブ視聴権

理解は、一度では定着しません。過去のライブセミナー録画をすべて視聴できる。気になるテーマを、好きなタイミングで、何度でも深掘りできる。
豊富な学習コンテンツ

講座の外でも、旅は続きます。著者インタビュー動画・YouTubeメンバーシップ限定動画・各種セミナーアーカイブが見放題。自分のペースで、学びを深められる。
イベント・オフ会

東京近郊で、あきよしや仲間と直接会って話せるオフ会を不定期で開催。神社仏閣参拝、ダイアログ・イン・ザ・ダーク、対話型アート鑑賞、金継ぎや茶道、護摩祈祷、海で石拾い、キャンプで焚き火、坐禅+精進料理、森歩き、アロマワークショップやアートセラピーなど、体験イベントを仲間と一緒に企画することもあります。オンラインイベントも不定期で開催。
QJフェーズ1コンテンツ視聴権

シンQJには、土台となった原点があります。
7年かけて体系化し、2024年にリリースした『クォンタムジャーナリング オンライン講座』——その動画講義をすべてご視聴いただける。
量子力学・脳科学に基づいて潜在意識を書き換え、現実の選択肢を変えていくジャーナリングメソッドの原型。
シンQJと並走しながら、あるいは理解の下敷きとして——深さが変わる。
視聴期限はありません。ずっとご覧いただけます。
4本の特典動画




シンQJに入る前の助走として、過去にあきよしがつくった4本の動画講座を、お好きなタイミングでご視聴いただけます。視聴期限はありません。
+ 4本の動画タイトルを開く
- ・『クォンタムジャーナリングシークレットセミナー』動画
- ・『潜在能力を開花する速読術』オンラインプログラム
- ・『波動を整える感謝呼吸法』特別ワーク解説動画
- ・悔いのない人生を創る『左脳・右脳融合ワーク』解説動画
ちょっとひとつお伝えしておくと、これらの特典は、僕としてはかなり思い切ったものになっております。今回の募集でお付けしているものなので、今後は変えたり削除したりするかもしれません。
6ヶ月プログラム 内容まとめ

セミナーでお話しした「5つの柱」を、こう並べ直しています。 ①講座 ②ジャーナリング会 ③ライブセミナー ④日常のサポート ⑤変容体験のシェア
■ メインサービス(3つの場)
- ·オンライン講座(6つのフェーズ・全28本/視聴は両プランとも半永久)
- ·月1回のジャーナリング会(60〜90分・6回/聴く)
- ·月1回のライブセミナー(120分・6回・アーカイブ視聴可/動く)
■ メインを支えるサポート
- ·あきよしのジャーナリング公開
- ·旅人の道具箱(朝のジャーナリング/ソロ・ウォーキング/アーティスト・デート/ベストモーメントリスト/夢を記録する/世界を止める瞑想)
- ·変容体験のシェア
- ·QJ Lab. コミュニティ(Discord)参加権
- ·QJ Innerアプリ(PC・スマホ両対応/毎晩のAI返答付き)
■ その他特典
- ·過去セミナーアーカイブ視聴権
- ·豊富な学習コンテンツ(著者インタビュー・YouTubeメンバーシップ限定動画・各種アーカイブ)
- ·イベント・オフ会(東京近郊・オンライン不定期)
- ·QJフェーズ1コンテンツ視聴権(2024年版オンライン講座全動画)
- ·4本の特典動画(シークレットセミナー/速読術/感謝呼吸法/左脳右脳融合ワーク)
■ 先着申込特典(先着10名さま)
- ·しゃべるジャーナリング1on1セッション(90分・1回)
このプログラムは、10年間の研究と実践の集大成を、「学ぶ」講座ではなく「生きる」6ヶ月の探検として、再構築したものです。
量子論・脳科学・心理学・仏教・哲学をベースに、身体・AI・コミュニティ・対面体験を束ねました。
まだ世に出ていない、新しい形のプログラム。関わり方の濃さで選べる、2つのプランでご案内します。

・お支払い方法:クレジットカード/デビットカード
・お支払い回数:一括※ 一部デビットカードは決済不可の場合があります※ 購入後の返品・返金はお受けできません
この6ヶ月を、いつか終わりが来るときではなく、
いまから始める方のために、用意しています。
先着申込特典
しゃべるジャーナリング1on1セッション
——先着10名さま限定・90分

さらに、先着10名さま限定で、あきよしとのZoomでの1on1セッションにご招待します。
時間は90分。1回のみ。現状のお悩みや課題をお聴きしたうえで、心の奥を一緒に探検する時間です。
書くジャーナリングでは届きにくいところへ、声に出して、聴いてもらいながら降りていく——「しゃべるジャーナリング」を、一対一で。
ご希望の方は、お申込み後、LINEかメールでご連絡ください。先着順にご案内し、10名に達し次第、締め切ります。
毎月、通うという選び方
ここまでは、6ヶ月ぶんをまとめて受け取って、持ち帰る道のお話でした。
セミナーではお伝えしませんでしたが、もうひとつ、毎月通う道があります。QJ Lab. マスタープラン、月額5,800円(税込)。月2回のセミナーにも参加できますし、オンライン講座も同じようにご覧いただけます。
ちがいは、ひとつだけです。

買切(スタンダード/プレミアム)
オンライン講座は、6ヶ月が終わったあとも、半永久に残ります。持ち帰る道です。
月額(QJ Lab. マスタープラン)
オンライン講座は、ご在籍のあいだ視聴していただけます。退会されると、見られなくなります。通う道です。
先着10名さまの1on1セッションは、月額プランには付きません。
追伸。
僕がこのプログラムをつくったのは、自分自身が「ほんとうのこと」から離れた経験があるからです。
うまくやっていた。仕事も、人間関係も、それなりに回っていた。
でも、ある朝、ジャーナルを書いていて気づいたのです。
決意した瞬間に、それは決意で終わってしまう。
「変わろう」と決めた瞬間に、それは宣言になって、生きることを飛ばしてしまう。
必要だったのは、決意ではなかった。
空白だった。
じゃあ、どうすればいいのか。
答えは、毎日少しずつ、身体に聴くこと。書くこと。声に出すこと。五感で世界に触れること。
それを、6ヶ月、ただ続けること。
気がつかないうちに、遠い未来のある日、答えの中に入り込んで生きているかもしれません。
このプログラムは、新しい自分に出会う場所ではありません。
最初からあった自分に、ゆっくり還る場所です。
——
Q & A
Q.毎日のジャーナリングが続くか不安です
2分のBodyTuneから始めるだけで大丈夫です。書けない日は、書かなくていい。アプリのみなもとさん(AIアバター)は、書いた日だけ返します。「続けなきゃ」ではなく、「戻ってこれる場所がある」という感覚で十分です。
Q.月次セミナー&ジャーナリング会は録画公開されますか?
はい。毎月のライブセミナーとジャーナリング会は録画して、会員ポータルのアーカイブに追加します。受講期間中はいつでも視聴できるので、欠席されても録画でキャッチアップできます。
Q.変容体験のシェアとは何ですか?
あきよし自身が、自然のなかや意識の変容を促す場に身を置き、体験してきたことをコミュニティの中で使える形にしてシェアするものです。参加型のプログラムではないので、日程の調整や準備は必要ありません。旅が進むたび、そこで降りた言葉や写真がコミュニティに届きます。
Q.オンラインだけで参加できますか?
はい。動画講座、ライブセミナー、ジャーナリング会、QJ Innerアプリまで——シンQJの中心動詞は、すべてオンラインで完結します。
Q.内容が難しそうですが、初心者でも大丈夫ですか?
大丈夫です。専門用語を知らなくても、体感として理解できるように設計しています。「書く」か「声に出す」ことさえできれば、どなたでも始められます。
Q.「量子」「魂」という言葉が出てきますが、宗教やスピリチュアルですか?
いいえ。シンQJは、特定の宗教・信仰とは無関係です。「量子」を比喩としてふわっと使うこともしていません。熱力学・脳科学・心理学・東洋思想の概念を、難しい言葉のままにせず、日常の体感に翻訳しています。信じることを求めません。試して、自分で確かめていく場です。むしろ、スピリチュアルを鵜呑みにできない人や、その裏側にある論理・構造についてどうしても考えてしまう人にこそ、向いている場所です。
Q.キャンセル・返金制度はありますか?
お客様都合によるキャンセル・返金は、原則お受けできません。6ヶ月をかけてゆっくり還っていくプログラムのため、最後まで一緒に歩くことを前提としています。ただし、講師都合により月次のライブセミナー等が開催できなかった場合は、該当月分を返金いたします。
お支払い情報
■ 申込価格
スタンダード:49,800円(税込)
プレミアム:97,800円(税込)
■ お支払い方法
クレジットカード決済(一括払い)
■ キャンセル・返金について
※ 商品購入後のお客様都合のキャンセルは、原則承っておりません。
決済完了メールをもって、ご決済が確定となります。
決済後のキャンセルはお受けできかねますので、ご了承ください。
ただし、講師都合により月次のライブセミナー等が開催されなかった場合は、当該1ヶ月分を返金いたします。